[讨论] 战国末期一城(藩)之军备

楼主: Oswyn (Oswyn)   2016-10-10 23:47:38
资料来源:节录自东大教授佐藤宏之之论文
[佐藤宏之] 城の受け取りと武家の财:近世の城、その构成要素
鉄炮口径统一转换为以匁计(1匁=1文目=1目=0.1分)
粮米依1石、10斗、100升、1000合转换为石计,1石应相当于1俵
地点:津和野城(石见国、関原后德川家抑制毛利氏之最前线)
事主:坂崎氏、津和野藩、坂崎直盛(因千姫事件【被】自杀之悲剧主役)。
事件:由于坂崎直盛劫姫失败所引发的废藩騒动与最终之津和野城引渡。
虽然抄家是在大坂之阵后发生,但应可看作是日本战国末期大名军备之详细记录。尤其
是各式鉄砲的种类记录的十分详细。
4万3468石之坂崎藩津和野城内共计有三门仏朗机砲(国崩)、大小口径鉄砲合计
1020挺、弓545张与长枪545支(以上应不含家臣自私有之武具)。
依大坂之阵时信浓松本8万石小笠原秀政出兵约1600、上野馆林榊原康胜10万石
出兵约2100,4万多石的坂崎家军备看起来十分充足?或许这也是因为津和野城在
对毛利的最前线有关。
======================================
 八月一三日には、上使の柳生宗矩・小笠原长房・驹井亲直より、城付
【传说最终柳生家a了坂崎家的二盖笠家纹为已用成为了柳生笠】
の武具と所领四万三四六八石六斗一升九合、村数约一三五か村を受け
取った〔津和野亀井家谱〕。
 八月二二日、亀井氏が上使より津和野城の武具の引き渡しを受ける。
【亀井氏接续坂崎氏入封津和野藩4万3千石】
つぎの史料は、このときの引き渡し文书の写しである。
城鉄炮并武具之目录
  ●石火矢 但入篭4ツ   3丁  
【有但入篭*4、此处之石火矢应指的是仏朗机砲无误!?】
  ●台无筒   2丁  
  ●65匁筒   2丁  
  ●60匁 同   1丁  
  ●50匁 同   2丁  
  ●30匁筒 但台无新地   5丁  
  ●30匁筒   4丁  
  ●20匁筒 但长サ不同有り   5丁  
【20匁以上的大鉄砲数量也超过二十挺】
  ●15匁筒 同   6丁  
  ●12匁筒 同   6丁  
  ●古筒 但中筒  20丁  
  ●10匁筒 长サ不同有り  64丁  
  ●10匁筒 同   9丁  
【十匁以上的高价品多为侍与武家奉公人所持用】
  ●6匁筒 但古キ筒也  74丁  
【古キ、古キモ有リ附注之物为津和野城代代相传之古武具】
  ●6匁筒 但长筒也  72丁  
【狭间筒?】
  ●6匁筒 但台无新地  22丁  
  ●10匁筒 但持筒   1丁  
  ●6匁筒 同   1丁  
  ●6匁筒 但壱尺弐寸イフウ物不同也    285丁  
【6匁以上的中筒应是战国后期的主力配备】
  ●3.5匁筒  60丁
右之小筒同前
  ●3.5匁筒 但马の上筒  61丁  
【口径较小的马上筒有61挺】
  ●3.5匁筒 但古キモ有リ  27丁  
  ●3匁筒 但古筒 275丁  
  ●3匁筒但古筒台无シ  40丁
   大小
筒数合1020丁也
  ●弓 但志けとう也 329丁  
  ●弓 但小弓しらき  30丁  
  ●弓 但白木 186丁  
【弓合计545张】
  ●鑓 但大鸟毛长饰朱立  50本  
  ●鑓 但长柄鸟毛 295本  
  ●鑓 但番鑓 197本  
  ●鑓 但长味   3本  
【长枪合计545支】
  ●うつほ 但黒キ也            104方
  ●同 但志り毛  40保  
  ●同 但虎ノかわ   4本  
  ●くわ  95丁  
  ●すき  17丁  
  ●甲立 但かしらなしも有         53
古キなり、石付すき也  
  ●わぬけ竹  12束  
  ●ゑすり竹 250本  
  ●のほりさほ  30本  
  ●请筒 但のほりの 小数30
  ●わぬけの板 小数30
  ●矢筒 但符有り       19
  ●薬箱 内玉も有り 200
但白キ箱  
  ●玉薬箱 但500枚入 123
  ●薬つほ 大小9ツ
  ●薬たる    大小27
  ●薬硫黄入箱       大小8ツ
  ●薬箱 但志ぬりユタン有り  25
  ●玉薬筒 但符有り       14
  ●薬入箱 同   1ツ
  ●矢立箱 但しぬりかわゆたん有   1ツ
  ●玉筒 但赤箱入符有り   1ツ
  ●塩硝桶 同   1ツ
  ●からかね玉桶箱 同   1ツ
  ●なまり玉桶 同   1ツ
  ●具足箱 但番くそく箱壱ツ10両入     25
  ●为かた箱 符有り   1ツ
  ●筒乱箱 黒キ箱也  21
  ●とうらん箱 白キ箱符有り   1ツ
  ●长枝   但玉入符有り   1ツ
  ●灯ちんはこ 同   5ツ
  ●つる箱 同   1ツ
  ●长刀   2えた
  ●碁番 符有り   1ツ
   金之笠箱   但まけ物ニ入   8ツ
  ●长ゑた      但金ノ笠入   2ツ
  ●からかね玉   但かまきつゝミ符有り 125
  ●忍返    1700
【防止攀登石垣的铁刺】
  ●麻縄    但同集ニテ请取          70束  
  ●さし物うち轮 但黒キ   1本  
  ●长枝 但金马よろい金笠有   4ツ
  ●长持 古キ具足有り   2ツ
  ●请筒箱 切符有り              1ツ
  ●阵かま箱 同   1ツ
  ●鉄炮袋ノ箱 同   2ツ
  ●金よろい箱    同 大小3ツ
  ●どうらん箱 同   1ツ
  ●ひぜんかめ      大小13
  ●干食  81俵
  ●葛粉   7俵
  ●塩 100俵
  ●门のひじ   7ツ
  ●同つぼ   6ツ
  ●门中つぼ   3ツ
  ●门の中ひぢ      4ツ
  ●かんかうほうあて  14
  ●鉄板 145枚  
  ●帐箱  50
  ●长持   但帐入     1ツ
  ●矢けん   1ツ
以上
右之道具改预ケ置申、但、箱之分ハ石原五右卫门存知、封を付申候、
此印判也、又以前之巻付并锁おろし申候箱も御座候、重而も其通御
渡払可被越者也
元和三年巳 柳生又右卫门
八月廿二日 小笠原市左卫门
驹井右京进
亀井豊前守殿
——————————————————————————————————————
 亀井氏が引き継いだ城付武具は、鉄砲・石火矢・玉薬などの火器や弓・
矢筒などの射器、刀剣类、具足箱などの甲冑、帜竿や请筒、锹・锄・忍
返などの阵道具、干饭 ・ 塩 ・ 葛粉などの食料と多岐に渡る。なかには“古
キ筒也” “古キモ有リ”と但书が付された津和野城に代々伝わる古武具
も见られる。
——————————————————————————————————————
つぎの史料は、坂崎家家臣牧勘兵卫・吉见备前から亀井家家臣牧四郎
兵卫・加藤蔵人・塩冶大学に宛てた津和野城に残された城米の备蓄量を
调べたリストである。
御城米算用之覚
  ●米48.696石 内
米43.72石此度算用ノ分
  但とうほ□し米共ニ
   残而米4.976石 也
  ●大豆128.728合 内
大豆128.428石
    此度算用ノ分
   米ニ〆89.9石
【米以外的物资小计完后最终都换算为以米为单位计量】
   残而大豆0.3石也
  ●籾208.429石 内
籾78.258石 此度算用分
    米ニ〆39.129石
  籾94.75石 右同
 米ニ〆37.9石
とうほ□し籾10石 右同
 (印)
 米ニ〆3.5石
   以上籾183.8石
     米ニ〆80.529石
   残而籾25.421石 也
  ●小豆6.67石 内
小豆6石 此度算用ノ分
    米ニ〆2.4石
   残而小豆0.67石 也
  ●粟1.8石 内
粟1.5石 此度算用分
     米ニ〆0.525石
   残而粟0.3石 也
  ●そば0.5石 其侭请取分
(印)
以上合米217.74石ハ御蔵米ノ分
右ハ此度指引算用仕分也
  ●塩15石100俵之分
米ニ〆3.4石 此度算用仕分
【盐也转换成以米计算,姑且可认为这种换算是以米为货币、计的是价值?】
  ●干饭22.227石
(印)
   惣升米239.3石
【最后的总计为所有物资转换为米之合计】
右者此度御算用指引仕 公仪御借物ニ御払方仕分如件
【教授指出公仪御借物表示城米为公有之财产】
元和五年 牧勘兵卫(花押) (印)
五月廿三日 吉见备前(花押) (印)
牧四郎兵卫殿
加藤蔵人殿
塩冶大学殿
作者: rommel1 (rommel1)   2016-10-11 06:03:00
四万石的大名拥有一千挺铁炮 武器比例占了快1/2
作者: tenka92417 (不识庵宗心)   2016-10-11 11:36:00
应该是地点特殊的关系吧,打朝鲜时的铁砲也没那么多
作者: jimmy5680 (不太会飞的企鹅)   2016-10-11 13:24:00
但是还要考虑打朝鲜比大坂早十五年
作者: LastNemesis (いとしのエリー)   2016-10-15 12:00:00
那个65步枪照尺寸看来根本是火箭筒了吧!

Links booklink

Contact Us: admin [ a t ] ucptt.com