https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200312-00010001-flash-ent
“2月29日に东京・丸の内で决行されたライブは、入口にサーモグラフィが设置され、観客も全员マスク姿。そのまま大阪公演も开催されることを期待したんですが……”(参加したファン)
多くのイベントが “自粛” されるなか、椎名林檎(41)率いるバンド“东京事変”の复活ライブが决行された。ライブ会场・东京国际フォーラムには、会场の外までグッズを求めるファンの列が続いた。
“政府の自粛要请に、たんに‘NO’を出したのではなく、希望者への払い戻しなども、きちんと说明したうえで决行した点が、评価できます。影响力のあるバンドが、“こういう考えもある” と示したのは、よいことだったと思います”(音楽ライター)
だが、その后一転して、3月に大阪などで予定していた5公演は中止を発表。音楽関系者は、こう推察する。
“SNSには、‘大阪に来るな’などの书き込みが相次いでいた。世论に屈したのではなく、尊重したということでしょう”
开催断念に、彼女もさぞ心を痛めていることだろう。本来であれば、8年ぶりのバンド再结成の凯旋ツアーになるはずだった。
时を同じくして、プライベートでも椎名に転机があった。この2月、両亲が一戸建てを新筑したのだ。建筑されたのは、娘の椎名が10年来所有してきた、実家近くの约500平米の土地。一大イベントを前に、彼女なりの両亲への“プレゼント”だったのかもしれない。
都心から离れた、埼玉県内の住宅街。一部に木材があしらわれた、真っ白な外壁の新居があった。空间をゆったりと使い、绿に囲まれた広い庭が备えられ、温かみを感じさせる雰囲気だ。近隣住民によれば、2019年におこなわれた地镇祭には、椎名自身も来ていたという。
“鉄筋コンクリート造りだからか、出来上がるまでに时间がかかったみたいで。2月上旬に、椎名さんのご両亲たちが引っ越していらっしゃいましたね。椎名さんは东京で生活されているようですが、素敌なお嬢さんですよ。会えば挨拶してくださってね”
娘の “亲孝行” ぶりを、椎名の父に寻ねた。
“施主は私で。设计のプランニングも、私たち夫妇がおこないました。当初はセキュリティを重视した、要塞のような住宅にする案もありましたが、途中で変更をして。绿に囲まれた、まわりの方々にも爱していただけるような家にしたんです。
现在は私たちの住まいですが、将来、娘たちがこちらに戻ってきても、住めるような家にしたかったんです。娘たち一家の “生活の砦” になるような……。
娘の土地に建てさせてもらいましたが、私たちにとっては、‘亲として娘に残すプレゼント’のような思いで、建てた家です”
いつか娘も埼玉に戻ってきてほしい──。そんな気持ちがこもった新居だったのだ。东京五轮では、开闭会式の総合プランニングが控える椎名。大跃进の里に、家族の绊があった。
(周刊FLASH 2020年3月24日号)