[新闻] 大坂夏の阵で讨ち死に、后藤又兵卫最期の

楼主: Aotearoa (长白云之乡)   2016-11-17 20:34:52
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20161117-OYT1T50075.html
大坂夏の阵で讨ち死に、后藤又兵卫最期の记录 2016年11月17日 15时26分
大坂夏の阵で讨ち死にした武将・后藤又兵卫(1560~1615年)の最期の様子を
记した书付かきつけ(メモ书き)が京都府内で见つかり、17日、冈山県立博物馆が発
表した。
 豊臣秀頼から赠られた脇差し“行光”で介错かいしゃくを受けた経纬が记されており
、専门家は“秀頼への忠诚心が読み取れる贵重な史料だ”としている。
 又兵卫はやりの名手として知られ、大坂夏の阵に豊臣方として参戦して深手を负い、
配下に介错を命じたとされる。
 书付(縦27・4センチ、横35センチ)は同じ内容の写し1通とともに、又兵卫の
配下で戦った备前国(冈山県)出身の武将・金万平こんまへい右卫门えもんの子孙が保
管していた。“后藤又兵卫讨死之时”とする13行の文面には、“行光”で首を打ち、
秀頼に又兵卫の折れた“指物さしもの”(旗か刀の意味)を渡して报告したことが记さ
れており、金万平右卫门か、その子孙が残した记录とみられる。
 书付は25日から来年1月15日まで、同博物馆で展示される。

Links booklink

Contact Us: admin [ a t ] ucptt.com